第32話 墨のミステリー 岩井笙韻

私は小さい頃、よく父に墨をすらされていました。何でも子供が墨をすると、力が弱いから、おりた墨の粒子も小さくて良いのだそうです。今と違って、膠の入った墨汁がなかったので、墨汁では表具がうまく行かない。だから、大きな展覧会になると、相当の枚数書くことになるから、どうしても、墨をすっている時間がもったいないのです。

 しかし、そんなこと言ったって、子供は遊ぶのが仕事。私はそのころ小学一年~四年。ただで墨なんかするもんか。少なくても十円くらいはもらわないと(実際は30円くらいもらっていた。)ところが、ただすってばかりいたらすぐ厭きてしまう。当然漫画を読みながらのことです。で、主力は漫画、意識は80%漫画の方。その為の弊害は何か?そうです、時々せっかくすった墨をはねとばしてしまうのです。畳も服もヒョウ柄。硯が軽いときは最悪で、すった墨の大半をこぼしてしまうこともありました。それでも、一升瓶に貯まるくらいすったのだから、今から考えるとすごい分量ですね。

 そんな具合にいい加減にすっていても、それなりに知恵はついてくるもの。たとえば、するときに、押すときと引いたときではどちらが良くすれるか?父がすっているのを見ると、硯の中を墨を回すようにしてすっているがそれはどうしてか?墨と硯との接点がどんな感触になると濃くなっているか?などなど。結構墨をするのも難しいものなのです。

 最近では墨について、化学的なメスを入れたような本も出ていて、硯によるすれかたの違い(例えば、端渓と雨畑でどう違うか、など)や圧力によるすれかたの変化などさまざまなことが分析されていますが、その中に書いていない驚くべき事実があります。

 それは、




 

墨色は書いた人の体調を表す




ということです。

これは、父も私も同じようなことを経験していますが、普段から書いたものを見ている人の書を見たら、ある日突然墨色が悪く見えた。いつもよりも黒さが欠けているように見えた。そんなときにその人の目を見る。そして、目に輝きがうせていたら・・・、間違いなく一ヶ月以内に入院です。

 たいてい、聞いてみます。

「最近、体調が悪いなんていうことはないの?」

するとほとんどの場合、

「そんなことはありません。」

という言葉が返ってくる。

 ということは、体調不良を自覚する前に、墨の色が悪くなるということです。

 目の色は前からわかっていました。恐ろしいことをいうようですが、瞳の色がいつもよりも薄くなっていたら、命が危ないときです。病院に見舞いに行って、患者の目を見たときに、黒というよりもグレーに見えたらもう魂が半分抜けている。大抵は一週間です。これまで、外れたことはありませんでした。「俺の目が黒いうちは・・・」というのは正しいんですね。

 しかし、墨は一体どうしたことでしょう。

前にこの『書のプロムナード』で書いたように思いますが、顕微鏡で見たときに墨の粒子が見えます。その粒子は強い集中力のものでの意志に従って向きを変えます。つまり、意志の強い人が横に強い線を引こうとすると粒子もその方向を向くために、勢いのある線に見えるのです。<墨の色が悪い>ということはこれと同じ事を指しているのでしょうか?しかし、その実験では墨の色でなく、<墨の冴え>のような感じでした。

 これは後からわかったのですが、どうもこれは墨を乗せる<水>に関係があるのです。だから、本当の問題は<水のミステリー>なのです。で、次回は<水のミステリー>。(ただし、間に名作の紹介が入る可能性あり)

 

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