第14話  悪について2 悪を考えてみよう   岩井笙韻

さて、<悪>の二回目です。
まず、何とか悪について定義してみましょう。


  質問 悪とは何か?
  答え 平和を乱すこと。


 これなどはまともで分かりやすい。しかも、なかなか反駁しにくい。しかし、ちょっとつっこんで考えてみると、なかなか一筋縄ではいかないことに気づきます。まず、


  質問 平和って何か?
  答え いつも争い事なく生活できること。


 なるほど。良いですね。政治も見かけではこのような状態を目指しているように思います。特に共産主義は理想としてはこのような傾向にあります。それに比べると、資本主義の世界は競争世界ですから、必ず相手を打ち負かすようなレースの社会になる。それで、負けた方は身も心も平和ではなくなる。だからダメ?資本主義は悪?
 そんなことはないですね。逆に、いつも心が一定で波風ないと人は飽きてしまいます。毎日、縁側でまんじゅうを食べながら日向ぼっこをするような・・・。
 ここらあたりが難しいことなのです。それでは答えを変えます。


  質問 悪とは何か?
  答え 平和を望んでいるのにそれを邪魔すること


この方が良いでしょうか。望んでいるとき、と言う限定付きです。仮面ライダーの世界では平和を乱す悪役はこのような形で出てきます。
 それでは人はいつ平和を求めるのでしょうか。


  答え 平和が得られないとき。


 さあ何が何だか分からなくなりました。言えることは、人間は皆勝手で自分が穏やかでいたいのに邪魔するものは皆悪に感じるのです。それでいて平和が続くと刺激が欲しくなる。
 子供なんか少し暇になると、誰かにちょっかい出してもらいたくなりますね。大人でもそんなものなのです。人は少し安定するとちょっとした刺激が欲しくなるのです。
 では今度は、その刺激の大小とも関わるのではないかと言うことも考えてみましょう。
少し限定した言い方をすると、


  人を傷つけ、特に殺してしまうのは悪である。


 良いような気もしますね。人は自由になりたがっている。まあ、何が自由かもよく分からないのですか、その自由を束縛したり(傷つけ)、完全に奪う(殺す)事は悪である。どうだろう、これで良いだろうか?
 しかし、では凶暴な殺人鬼を殺すことは悪だろうか? 
このあたりは意見が分かれるところです。
 一方では、悪人をのさばらせておいてはますます善人が被害にあうだけだ、抹殺されても仕方がない。こういう人もいるかと思えば、いやいや、悪人でも必ず善の心をどこかに持ち合わせているはずだ。だから、時間がかかっても更正に向かうべきだ、と言う人もいる。しかし、もたもたしている内に善人がバタバタと倒されていく。判断を失った主人公の銃口がふるえながらも火を噴く。ドギューン。映画監督もよく分からなくなってくるとこの手を使う。仕方なかったのだ。

 今度は別のことを考えてみましょう。
一見して、悪人からダメージを受けたように思ったが、後になって考えてみるとそれが自分の成長に役立った、と言う場合。  主人公は、幼い頃から父親に自分だけひどい仕打ちを受け、泣きながら自分のことを全て自分でやらざるを得なかった。しかし、移民した後に、その自分で事を成し遂げると言うことが力になったのだ。成功した後に、父親と再会する。

  
  再会A  父親はこれまで見たこともないような優しい笑顔で近づいてきた。そして言った。「おまえはあのままでは何も出来ない惨めな性格だった。だから、ああしてわざと厳しくして、おまえの中の力を引き出そうとしたのだ。これまでのことを許してくれ。」

  再会B  父親はこれまで見たこともないような優しい笑顔で近づいてきた。そして言った。「悪気はなかったんだ。でもおまえは私のおかげで今のような良い生活にありつけたじゃないか。今度は私に恩を返してくれよ。」


 主人公はAの父親を許した。しかし、実は父親は心の中で舌を出していた。全く心にもない嘘をついたのだ。かくて、悪人父親はそのまま意気揚々と生き延びる。

 主人公はBの父親を足蹴りした。しかし、父親は嘘をついてはいなかった。唯アホなだけだった!
 結局どの父親も、悪意を持ちながら主人公に接した。しかし、結果としてそれが功を奏した。この場合悪は許されるか?主人公が許した場合、OKなのか?許さなかったらだめなのか?
 しょうがないですね。何を考えてみてもなかなか一筋縄ではいかない問題です。

 それでは、ここで、悪とか悪意というものについて、非常に深い洞察を秘めている映画を紹介しましょう。
  ご存じ『スターウォーズ』。


 意外ですか?でもこれは、私が知る限り、善と悪に関して最大の洞察を含んだ物語なのです。
 『スターウォーズ』は六部作です。本当は、もっと多くの物語があり、映画化されているのはその一部なのですが、その後の小説群はこの六部作の主人公の末裔、その又末裔が繰り広げる物語で、全部読んだら何十冊にもなるのですが、この映画化された部分で全てなのです。後は付け足しと考えて結構です。
 しかし、奇妙なことにこの六部作、発表が第四部から始まって、五、六、一、二、三と続きます。だから結末が分かってから、そのような展開になった原因を初めに戻って理解させていくという風になるのです。
 はじめの『スターウォーズ4』が放映されたのだ1977年だから、もう30年経つわけで、私などは初めから見ているから4・5・6・1・2・3と言う風になるが、1から見ている世代もかなりいるわけだ。実際、どちらから見るかでだいぶ印象が違います。
 実は悪を理解して行くにはやはり4から見るのが一番!しかし、十代の者にそんなことが出来るかな? 
 今回は、小説番スターウォーズ3,『シスの復讐』(ソニーマガジンズ)から序の部分を引用させていただいて終わりとするのだ!


 これは、遠い昔、遙か彼方の銀河で起こった物語だ。これはすでに終わっている。何人たりとも、そのひとつをも変えることはできない。
 これは愛と喪失、兄弟愛と裏切り、勇気と、犠牲と、夢の死。われわれの最善と最悪のあいだにあるあいまいな一線の物語である。
 これはひとつの時代が終わる物語だ。
 物語には、奇妙な特性がある─
 これはみな、遠い昔、はるか彼方の銀河で起こった出来事でありながら、いまこの瞬間に、ここで起こっているとも言えるのだ。
 これを読んでいる者に起こっている、と。



 どうだ!すごいだろう。

 

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