第24話 自己啓発セミナー 岩井笙韻

私が30歳くらいの時だったでしょうか。私が通っていた歯科医から、自分の才能を解放できるすごいセミナーがあるということを聞きました。

 そう言う話を聞くと、いてもたってもいられない性分の私です。早速、その詳細を聞いてみることにしました。今と違うので、インターネットなどというものはありません。しかし、結構しっかりとしたパンフレットが送られてきて、何となく楽しみになるではないですか。



あなたの失った本当の自分を見つけましょう。

その為に私たちは全力でお手伝いします。



いいですねえ。こういう場合には飛び込んでみるしかないのです。

というわけで、第一のコース、金80,000円也。

高いのか安いのか?私は独身貴族でしたので、そのくらいは何とでもなりました。

三泊四日。朝の九時から夕方五時頃まで缶詰。但し、昼は外で食べることになる。

今となっては細かいことは忘れていることも多いのですが、100人くらい大きな部屋に集まったように思います。

 そこに、講師というかトレーナーが一人、監視役が数人。

何をするかというと、何をするにでも『100パーセント参加すること』。おずおずと手を挙げてもダメ。椅子取りゲームでも、恥も外聞もなくどう猛にイスをとることに専念する。それに対して反発する人は、どうぞ出て行ってください、お代はお返しいたします、ということで、意外に良心的(?)。

 次々、パートナーを変えて、ゲームをこなしていきます。

例えば、自分のお母さんのまねをするゲーム。実際に、例えば台所で包丁を使っている母親のまねをする段になると、とても気恥ずかしいもので、動きも小さくなってしまいますし、母親との間にトラウマを持っている人などは、途中で、何でこんな事をしなければならないのかなどと怒り出す始末。しかし、そんなときにはトレーナーがやってきます。

「今の心の中をよく見てください、どんなことを感じますか。」という具合。

それで基本的には、そこで組んだパトナーは(男女半々だった)、相手がどのように見えたかを言ってあげる。

怒っている人は何とかいろいろな理由を考えて反発しようとするが、実際には母親との本当の関係に正面切って向かいたくないだけ。

こんな風にして、友人関係、兄妹、親子、様々間の人間関係を当人に教えてくれるようなゲームが組み込まれています。

 二日目くらいになると、だんだん様子が分かってきて、自分の心が開放的になります。何しろ、自己解放という同じような目的の人たちが一堂に会しているのですから、ひとたびスピードがつくとどんどん進んでいきます。四日目を迎える頃には、もう自分には何も隠すものがないような気持ちになります。

もっといろいろなことがあるのですが、最後には沢山のコースを共にこなしてきた仲間達、スタッフ達と手に手を取って感激の瞬間を迎えます。

そして、トレーナー曰く。


「おめでとうございます。あなた達はまず最初のステップを無事終了しました。得られたものは個人差があるとは思います。しかし、最後まで残ったあなた達は皆自分の無意識の領域を垣間見たことに違いはありません。ここで各自、ご自分の生活に戻ってください。これまでとは違った世界に繰り広げられると思います。そして、もう一つのプレゼント。この先にはもっとあなたの隠れた才能を伸ばすステップがあります。これが第二ステージです。是非又次のステージでお会いしましょう。」


つまり、これまででは十分ではないから、その次のコースでもっと鍛えよう、というわけだ。

 この後何日かして面談があり、そこで次のコースの予約を取る。これはなかなか絶妙のタイミングで、第一コースをこなして、やる気が失せないうちに面談が用意されているように思いました。そして、そこで私も次のコースを予約したのです。

しかし、次は20万円だったか30万円だったか。急に高くなりますが、すごいトレーナーが来るらしい。この手のセミナーでは世界的な権威の人だという。ちょっと会ってみたいな。



 ところがです。家に帰り、日常の生活に戻ると、この開放的な気分は次第に醒めていくのです。それは、祭りの後の何とやら、という感じ。丁度、祭りの高揚気分に似ているとも言えました。しかし、とにかく、同じ目的の者達だけでいるときには良いのだけれども、一歩外に出ると、次第に元に戻っていく自分を感じる。セミナー修了後の第二コース予約を急ぐわけが分かる。あまり時間をとってはダメなのだ。すぐに次に取りかからねば。

 しかし、私はそこで考えました。

これは無駄ではないか。

この気分を持続するには、コースを全て終了し、そこのスタッフとなって就職し、セミナーを主催し続ける、こんな風にしなければ、この気分は続かないのではないだろうか?

こんな風に考え出すと、疑問は次々に湧いてきます。



そもそも、こんな短期間に自分が変えられるものか。『祭りの高揚』、これだけなのではないか?しかし、この先に進んでいったらどうなのか?

 このセミナーには企業からまとめて住人くらいで参加した人たちもいました。会社の命令だからということで、その中の何人かは仕方なくコースをこなしているようでした。しかし、結構企業研修としても行われているらしい。

 ということは・・・・。結局<企業戦士>を作り出すものなのではないだろうか。本当に自由な人間を作ることがこのセミナーの目的だったら、このコースをこなしたものなど危なくて使えたものではないだろうに。企業にとって、やる気十分な戦士を作るための講座?これが私の直感でした。

 実はこの直感は当たっていたのです。全てとは言いませんが、このような企業単位でも参加しているセミナーの基本は、アメリカの軍隊で、<良い>軍人を作り上げるためのシステムだったようなのです。悪い言い方をすると、ある種の洗脳とも言えます。

 次のセミナーの予約を取り消すための電話をすると、しつこく理由を聞かれました。適当なことをこたえて、やる気がなくなったことにしたわけですが、その後、第二セミナーに参加したものから様子を聞くと、やはり、更に気持ちは高揚したが、どういう訳か、人数は十分の一以下(そりゃ、高いからね)。終わって更に次のステージがあるというのだが、考えている最中と言うことでした。もしも、更にいくつものセミナーがあるのだったら、それに出続けて、先に言ったように、そのスタッフにまで上り詰めたら結構幸せになるかも知れないとは思いました。

 そう言うわけで、私が感じたことを一言で言うと、このセミナーは



     開放的なある種のタイプの人間作り



というものでした。開放的な感じの人間にはなれるが、自分の解放ではないように思えました(この辺は表現が微妙なのでよく考えてくださいね)。

 そのころ、私は、精神分析にもある種の危険性を感じていました。何か別のことを言っているように聞こえるかも知れませんが、次回は精神分析に関することを踏まえながら、自己啓発について続けていきます。

 

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