第12話 もう一つの書き方 鞭とハンマー 岩井笙韻

前回、撥鐙法でした。
しかし、実はこれと異なる考え方があります。そして、この考え方も考慮に入れなければ書法は完成しないのではないかと思います。
これを名付けて


   『鞭とハンマー』法(!)


これは別に書法ではありません。有名な野口整体からヒントを得たものです。
 またスポーツの話になりますが、ゴルフでボールを打つ、野球でボールを打つ等、当たったボールが出来るだけ勢いよく、しかも制御された方向に飛ぶようにするためには、人間の体を最大級効率よく働かせなければなりません。
 鞭で打たれたことありますか。痛いものですよ。SMでなくても鞭は痛い。その痛みは堅い棒でたたかれるよりも痛いくらいです。しかも、鞭を操る方は少しの力で済みます。人間の体を鞭のようにしなやかに動かして、ボールに当たったときのインパクトを金槌のように堅くすればボールには大きな力を加えることが出来るでしょう。 
 よく、腰をひねると言いますが、これも体の鞭の長さを伸ばすためのものです。腰(というよりはやりの言葉では丹田ですが)から出た力を最大限増幅して手の先まで持ってくる。そして、もっとその先のバットやクラブでボールをたたく。
 力が下腹の臍下丹田(体の重心と思っても結構です。本当はそれほど簡単なことではないのですが)から出て、足の踏ん張りとしなやかさに支えられ、腰のスムースなひねり、背骨のねじれを伴って肩、腕、手、指先、それからバットという方向に力が増幅されながらインパクトの瞬間に向かいます。
 但し、腰をひねればいいと言うものではありません。ひねりと言うことからすると、2002年に大活躍した元巨人の桑田投手や、現在の上原投手は腰をひねらない方だと思います。力の向かう方向に対する体の向かい方にコツがあるのです。野口整体には、背骨を自分で尺取り虫のように動かして力を腰から上の方に伝達する運動があります。このように、背骨の上に伝えるというのも大事なのです。逆に腰をあまりにひねりすぎると速く痛めることになりかねません。
 このように言うとずいぶん難しいことのように思いますが、要するに、人間を鞭の先にハンマーをつけた機械だと思ってもらえばいいのです。最強のインパクトマシーンです。
 さて、このように考えると、この力の持って行き方は書にも通じるものがあると思いませんか?
 書こうとする意志が、体の中心から腕を通って筆まで伝わる。それが強烈な線質をもたらすにはやはりこのような力の伝達があることは確かです。
 鞭は長い方が良い。ハンマーは堅い方が良い。
そうなると、ここでも、枕椀は具合が悪いことになります。と言うのも、腕を固めたらそこから先の鞭になってしまうからです。又、小手先でハンマーをたたいているような感じになってしまうでしょう。
 この考え方は撥鐙法と矛盾しないでしょうか?
確かにこの二つの方法には明らかな違いがあります。
 まず初めに、鞭は途中で切れたらダメです。鞭が切れやすいところ、それは、三つあります。

   手首・肘・肩

ここが固まってしまうと鞭はその固まったところから先だけの長さになってしまいます。肩から肘、手首から指の先まで緩やかに繋がっているのが鞭としては理想的なのではないでしょうか。
 その事を念頭に置いて考えてみると、撥鐙法は手首を、ある意味では殺して固定させます。その事で指を解放すると、ある本では書いてありますが、実は指もやや硬くなります。なにしろ筆を二カ所でしっかりと支える持ち方なのですから、確かに堅くなります。
 又、大きめな紙に書くときには、左手で自分の体重をしっかりと支え、右の肩を自由にして、肩から先を自在で動かすことが出来るようにするのが良いとされています。確かに、右腕は解放されぶらぶら出来ます。
 しかし、今度はボーリングを考えてみると分かるのですが、ボールを投げる右手がぶらぶらしているわけではありません。あくまで他の身体の動きと一体になって力がそれなりに入り、指がボールの穴から抜けるときには相当指先にインパクトが加わります。
 さあ、手を浮かして如何なる小さな文字でも書けるようなことを目指す撥鐙法、これに欠点があるのでしょうか?
 私はこう考えます。撥鐙法で培われた手と筆の姿は、理想の金槌、ハンマーを作るやり方ではないかと。自分の経験では基本通りの撥鐙法では柔軟な文字は書けません。そこには微妙は指先の連携や手首との連携がいるのです。
 例えば、細字の時でも、基本的な撥鐙法は目に近いところ、つまり手元に近いところで書いて、紙を送っていきます。しかし、遠くの位置に細字を書こうとして、なおかつ撥鐙法を生かそうとすると、親指と人差し指を少しつり上げるようにする必要があります。その他、沢山の小さな変更が要ります。気づいてみるとそれは出来るだけハンマーの強さを保ったまま自分を鞭化している様なのです。
 今度は、『鞭とハンマー』法に難点はないでしょうか?あると言えばありますね。何しろ、書はバットやクラブでなく、一番先にあるのが柔らかい穂先なのですから、インパクトと言ってもごしごしこすりつける力ではないわけです。そこにえも言えぬ深みがあります。撥鐙法とその応用技術がないと本当の意味で筆を良いハンマーに変えることは出来ないと思います。  ですから、これまでに語ってきた二つのことを良く比べてみてその融合をそれぞれ行っていただきたいのです。

 

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