静心書学会

基本から書作品まで、漢字・かなの書道教室|静心書学会

▲QRコード対応携帯電話をお持ちの方は上記のコードを読み取るだけで簡単に教室日程にアクセスが出来ます。

 

HOME»  書のプロムナード3

書のプロムナード3

第20話  撥鐙法、その後   岩井笙韻

前に、筆の使い方について述べたことがありますが、その後、撥鐙法について思うところがありました。いくつかの点を箇条書きにしてみると、


 1.前述したような基本通りの撥鐙法は、細字に最も向いている。
 2.小篆(篆書の基本)を丁寧に練習するときにも最適。
 3.筆の腹を使う書き方には別の要素が必要。
 4.丁寧に練習すると、自己啓発の基本であるリラックスと集中の訓練にも使える。


まだいくつかありますが、以上のことをもう少し詳しく述べてみましょう。
 <1>について。手首をたてて、前述のような筆の持ち方をすると、文字を書く地点は当然自分の目線に近づいてきます。ということは、半紙に字を書くとして、半紙の下半分くらいの位置に書く方が書きやすくなる。しかも、練習の時には横の線とか縦の線とかを長めに引いてはいるものの、小さく細い線を右手を浮かせて、細く書くことの条件作りに最適なようなのです。
 次に応用版として<2>。この基本の練習をしておいて、小篆を書くととても筆が安定して良い。というよりも、撥鐙法の筆使いで小篆を書くことが、非常に書の基礎練習になるのではないかという気がします。小篆は、文字の形のバランスが整い、一定の筆圧で書かれることを前提とします。ということは、手習いだけでなく、目習いにもなると言うことでしょう。実際、小篆を練習してみて、なかなか良い練習方法だと思いました。
 但し、<3>。柔らかい筆の腹を使って、太い線をいかして書くような書き方には向いていません。どちらかというと、良寛―会津八一というような方向での文字に威力を発揮する。理想を言うと、まず撥鐙法などで食筆の強さを出せるようにしておいて、次に速筆の力を鍛えるのが良いと思います。ただ、鍛えると言っても、そこには用筆の変化を学ぶと言うことだけでなく、<気持ちを変える>という練習も要ります。その点については後日。
 最後に<4>。これは長年にわたって考えてきたことでもあるのですが、書道を学ぶことで他の能力が上がるのではないかと言うことです。その中の大きな要素として撥鐙法があるとも言えます。どうしてかというと、今の自分をもっと伸ばそうとするには、頭の切り替えが必要になりますが、その為に必要なことが、

  リラックスと集中

なにしろ、現代人はリラックスが出来なくなっています。これが出来ないと、本当の意味では集中は出来ません。特に、肩こりがひどい(肩こりに関しては、これが世界的な動向かどうかはよく分かりません。アメリカには肩こりという言葉がないようです。)。書を学んでいる人にも相当います。あるいは、練習すればするほど肩が凝るなどということもあるようです。逆効果になっていますね。どうしてでしょうか。私は本当は、書でこのリラックスと集中が手にはいると思っているのですが・・・。
 <自己啓発>と書きましたが、最近は自己啓発、能力開発が大流行。書店での売れ行きに大きく貢献しています。しかし、その大半は同じ事が書いてあり、又、実際には大して役に立たないものが多いのです。書と絡めて、次回は才能開発と言うことについて考えてみたいと思います(といっても、次回かどうかは保証できません。緊急に書いておいた方が良いことを今思いついたので。)。

 

第21話  初学者講座、開講!   岩井笙韻

能力の開発について語る前にですね、いくつか書くことが出来てしまいましたフでそちらを先に。まず第一に、


   初学者講座開講



 長いこと思ってきたことがあります。それは、簡単に言うと、『初めが肝心』なのではないかということです。そんなことを言うとベテランは嫌な顔をするかも知れないのですが、自分の書を良くしたいという素直な気持ちと、まだ癖らしい癖がないような状態で一からスタートしたら、理想的な学び方が出来るのではないかと言うことです。
 しかし、なんと言っても書道界は60歳でもまだ若手。定年になって、会社ではご苦労様でしたなどといわれていても、書の世界に顔を出したらまだまだ若手の部類なのです。70代で中堅と言うところでしょうか。そうなると、普通に考えて結構なベテランに見えても、初学者の域を出ていないのではないかという気もしてくるのです。だからこの際面倒なことを言わずに、基礎を学びたい人なら誰でも楽しく学べるような研修が出来たらいいなあと思ってきたのです。
 静心書学会はまだまだいろいろな準備をしているのですが、まずその手始めに、このような初学者講座を始めることにしました。
 月に一度の講座ですが、同じ内容で日時を変えて、月に三回行うことにしています。だからこの三回は同じ内容になるはずなのですが、私の性格のせいか、血液型のせいか、少しずつ違ってしまい、どこで何をやったか正確には分からなくなることもあります。いずれ内容をまとめる予定ではいるのですが、今のところ、参加者が喜んで参加してくれているので何よりです。
 初めは人教室の予定でしたが、だんだん増えて三教室、後二教室増える見込みです(そんなにできるかな?)。静心書学会の会員なら無料での研修です。目的は、何でも書けるようになるための基礎作り。目の前で書いてもらったり、手を持ってかいたり、小学生以来の教え方もしています。
 どんな内容かって?それは参加者に聞いてみるのが一番。ふっふっふっ。
面白いですよ。なくて七癖。思わぬ落とし穴。今さら聞けないテクニック。あっと驚く速習法、などなど。

 参加希望者はお問い合わせを。

 

第22話  役に立たない能力開発、自己啓発 1   岩井笙韻

良い家に住みたい
    もっと女性(男性)にもてたい
    高い地位につきたい
    スターになりたい
    (とどめは)もっとお金が欲しい
 
 誰も一度はこんな事を思ったのではないでしょうか。それでも、つてがあるわけではなく、才能もあるんだかどうだか、持続力もないし、集中力も欠ける。朝の気持ちがもう夜には変わってしまって、結局たいした事しないでここまで来た私・・・。そう思って暗くなっても、ナイターで巨人が勝つと大喜び、ビールにも拍車がかかり、人生もまんざらではないなあ、わっはっはっ。
 そう言うわけでめでたしめでたし。
しかし、又テレビで誰かの成功談など見ると、自分に才能があったら・・・などと考え込んだりする・・・。これは、誰にもあることなのです。
 書でもそうです。書を習うきっかけは様々でしょう。しかし、途中で放り出す人の方が多いのは、今述べたことと関係しています。どうも、途中で思うのです。

   私には才能がないのではないか?
   展覧会となると緊張が続いて思うように書けない。
   単純に飽きてしまう。

 どうしてもこのような否定的な考えが起こってきます。尤も「俺はなんてうまいんだ」と思っている人はどうかしているのでしょうが。
 このことは書を初めとして、何かを習うこと以外でも、何にでも言えることです。
この十年くらいの間に、書店の棚にはそれまでになかったジャンルの書籍が数多く並ぶようになりました。それは


   能力開発・自己啓発


といった類のもの。これはどのようなものかというと、

  1.自分にどんな才\があるのかを探すためのもの
  2.才能を伸ばすのに邪魔をする無意識の抵抗を取り除くノウハウ
  3.才能を伸ばすのに最適な時間の管理
  4.環境を味方につける方法、人脈を得る方法
  5.情報を効率よく取り入れ(インプット)、効率よく発揮する(アウトプット)方法
    等々。

これに加えて、健康法、精神集中法、双方をまとめたヨガまで加えると種類もかなりのものになります。特徴的なのは、どれも宗教的ではないと言うことです。もしも、これに宗教的なものを加えたら二倍以上になるでしょう。宗教的な雰囲気を持たせないことで、読者層を拡げやすくしているのかも知れません。
 現代人はこういう悩みを持っているのです。とりあえず、そんなに怠けなければ食べてはいけます。政治的な問題が解決されれば、今の食糧事情なら、世界中の人間が食べていくくらいの食料はあります。しかし、そうなると、別の悩みが出てくるというわけです。上で述べた<1>などは、詰まるところ、自分が何をして良いか分からないと言うことでしょう。今は天皇陛下のためとか、お家のためとか言う大義名分が吹っ飛んでしまいましたから、こういう事にもなります。しかし、多くの人が問題にしているのは、むしろ、<2>ではないでしょうか?
 この問題の典型的なものは、



  自分のマイナス思考をどうしたらいいか?

  先生に褒められても、それでも自分には才能がないという気持ちがなくならない。
      いざ試験になると上がってしまう。
  三日坊主




という風に、個人の心の中にあるブレーキのようなものをどうしたらいいか、ということが大問題のようです。それが解決すれば、<3・4・5>は何とかいけます。
 私自身は、実は、高校生の頃からこのような問題に対して対処しようとしていました。何をやってもある程度は出来るのですが、それでも、何に対しても十分ではないと思ったのです。それは、自分には何か(端から見てはそうは見えないにしても)小心者のような所があり、それが露呈しないために適当なところでお茶を濁しているような・・・。高校生の頃、父がいないときに、父の手本を横に楷書など書いていると、全く書けない。行書だと何とかなる。筆に目がついていかない。例えば、ひらがなで最後にはねるときに穂先の位置に注目しようとしても、全く意識が追いついていかない。それでも、書いたものに悪い評価は受けたくない。実は才能はないのではないか?等々。
 このような問題点は、それからもずっと続くことになります。そして、様々な自己啓発に出会うことになります。
 まず、私の場合、他の人先駆けて、次の三種類の自己啓発に取り組みました。それは、



1.自己啓発セミナー(○○○○セミナー、三泊四日80,000円) 2.システム手帳とそのノウハウ購入(これこそ先駆け!45,000円くらい)

                        
3.脳波(α波)をバイオフィードバックによって高め、そこで潜在意識で自信をつけたり、目標を実現する意識を植え込むもの(機械とセミナーで450,000円位!)



これを二年位の間に経験しました。さて、どのような結果になったでしょうか?それと書道の関係は?次回のお楽しみ。

 

第23話  大変なブランク!   岩井笙韻

さて、なんと四ヶ月も更新しませんでした!

理由は、たださぼっていただけです。読売、日展と通過して、あちこち出たり入ったりしているうちに、光陰矢のごとし、一年の四分の一も経ってしまいました。勿論、その中で、様々な思索を練って、自分をより深めておりました(ウソ)。

 このくらい書かないでいると、これまで何を書いてきたのか、自分でも分からなくなってしまいます。

 そうそう、

能力開発の話でしたね。しかも、題名からすると、それが役に立ちそうにないという話になるはず。

そうです。

四ヶ月経ってもその思いに代わりはありません。実際にはもっと正確に言うと、部分的には役に立ちはするのです。しかし、根本的には難しい。いくつかの原則をそこに見つけられたらいいと思います。



 その他には、『初学者のための講座』も大分こなれてきました。ただ、はじめから受講している人と、最近は要ったばかりの人とでは受講内容に大分差が出てきていますので、その差を何とか良い形で埋めていかねばと思っています。

 それで、すぐに24話を書きます。なにしろ、もう一度自分の書いたものを読み直してみないと同じことを言ってしまいそうです。ではまたすぐに!

 

第23話  大変なブランク!   岩井笙韻

さて、なんと四ヶ月も更新しませんでした!

理由は、たださぼっていただけです。読売、日展と通過して、あちこち出たり入ったりしているうちに、光陰矢のごとし、一年の四分の一も経ってしまいました。勿論、その中で、様々な思索を練って、自分をより深めておりました(ウソ)。

 このくらい書かないでいると、これまで何を書いてきたのか、自分でも分からなくなってしまいます。

 そうそう、

能力開発の話でしたね。しかも、題名からすると、それが役に立ちそうにないという話になるはず。

そうです。

四ヶ月経ってもその思いに代わりはありません。実際にはもっと正確に言うと、部分的には役に立ちはするのです。しかし、根本的には難しい。いくつかの原則をそこに見つけられたらいいと思います。



 その他には、『初学者のための講座』も大分こなれてきました。ただ、はじめから受講している人と、最近は要ったばかりの人とでは受講内容に大分差が出てきていますので、その差を何とか良い形で埋めていかねばと思っています。

 それで、すぐに24話を書きます。なにしろ、もう一度自分の書いたものを読み直してみないと同じことを言ってしまいそうです。ではまたすぐに!

 

第24話  自己啓発セミナー   岩井笙韻

私が30歳くらいの時だったでしょうか。私が通っていた歯科医から、自分の才能を解放できるすごいセミナーがあるということを聞きました。

 そう言う話を聞くと、いてもたってもいられない性分の私です。早速、その詳細を聞いてみることにしました。今と違うので、インターネットなどというものはありません。しかし、結構しっかりとしたパンフレットが送られてきて、何となく楽しみになるではないですか。



あなたの失った本当の自分を見つけましょう。

その為に私たちは全力でお手伝いします。



いいですねえ。こういう場合には飛び込んでみるしかないのです。

というわけで、第一のコース、金80,000円也。

高いのか安いのか?私は独身貴族でしたので、そのくらいは何とでもなりました。

三泊四日。朝の九時から夕方五時頃まで缶詰。但し、昼は外で食べることになる。

今となっては細かいことは忘れていることも多いのですが、100人くらい大きな部屋に集まったように思います。

 そこに、講師というかトレーナーが一人、監視役が数人。

何をするかというと、何をするにでも『100パーセント参加すること』。おずおずと手を挙げてもダメ。椅子取りゲームでも、恥も外聞もなくどう猛にイスをとることに専念する。それに対して反発する人は、どうぞ出て行ってください、お代はお返しいたします、ということで、意外に良心的(?)。

 次々、パートナーを変えて、ゲームをこなしていきます。

例えば、自分のお母さんのまねをするゲーム。実際に、例えば台所で包丁を使っている母親のまねをする段になると、とても気恥ずかしいもので、動きも小さくなってしまいますし、母親との間にトラウマを持っている人などは、途中で、何でこんな事をしなければならないのかなどと怒り出す始末。しかし、そんなときにはトレーナーがやってきます。

「今の心の中をよく見てください、どんなことを感じますか。」という具合。

それで基本的には、そこで組んだパトナーは(男女半々だった)、相手がどのように見えたかを言ってあげる。

怒っている人は何とかいろいろな理由を考えて反発しようとするが、実際には母親との本当の関係に正面切って向かいたくないだけ。

こんな風にして、友人関係、兄妹、親子、様々間の人間関係を当人に教えてくれるようなゲームが組み込まれています。

 二日目くらいになると、だんだん様子が分かってきて、自分の心が開放的になります。何しろ、自己解放という同じような目的の人たちが一堂に会しているのですから、ひとたびスピードがつくとどんどん進んでいきます。四日目を迎える頃には、もう自分には何も隠すものがないような気持ちになります。

もっといろいろなことがあるのですが、最後には沢山のコースを共にこなしてきた仲間達、スタッフ達と手に手を取って感激の瞬間を迎えます。

そして、トレーナー曰く。


「おめでとうございます。あなた達はまず最初のステップを無事終了しました。得られたものは個人差があるとは思います。しかし、最後まで残ったあなた達は皆自分の無意識の領域を垣間見たことに違いはありません。ここで各自、ご自分の生活に戻ってください。これまでとは違った世界に繰り広げられると思います。そして、もう一つのプレゼント。この先にはもっとあなたの隠れた才能を伸ばすステップがあります。これが第二ステージです。是非又次のステージでお会いしましょう。」


つまり、これまででは十分ではないから、その次のコースでもっと鍛えよう、というわけだ。

 この後何日かして面談があり、そこで次のコースの予約を取る。これはなかなか絶妙のタイミングで、第一コースをこなして、やる気が失せないうちに面談が用意されているように思いました。そして、そこで私も次のコースを予約したのです。

しかし、次は20万円だったか30万円だったか。急に高くなりますが、すごいトレーナーが来るらしい。この手のセミナーでは世界的な権威の人だという。ちょっと会ってみたいな。



 ところがです。家に帰り、日常の生活に戻ると、この開放的な気分は次第に醒めていくのです。それは、祭りの後の何とやら、という感じ。丁度、祭りの高揚気分に似ているとも言えました。しかし、とにかく、同じ目的の者達だけでいるときには良いのだけれども、一歩外に出ると、次第に元に戻っていく自分を感じる。セミナー修了後の第二コース予約を急ぐわけが分かる。あまり時間をとってはダメなのだ。すぐに次に取りかからねば。

 しかし、私はそこで考えました。

これは無駄ではないか。

この気分を持続するには、コースを全て終了し、そこのスタッフとなって就職し、セミナーを主催し続ける、こんな風にしなければ、この気分は続かないのではないだろうか?

こんな風に考え出すと、疑問は次々に湧いてきます。



そもそも、こんな短期間に自分が変えられるものか。『祭りの高揚』、これだけなのではないか?しかし、この先に進んでいったらどうなのか?

 このセミナーには企業からまとめて住人くらいで参加した人たちもいました。会社の命令だからということで、その中の何人かは仕方なくコースをこなしているようでした。しかし、結構企業研修としても行われているらしい。

 ということは・・・・。結局<企業戦士>を作り出すものなのではないだろうか。本当に自由な人間を作ることがこのセミナーの目的だったら、このコースをこなしたものなど危なくて使えたものではないだろうに。企業にとって、やる気十分な戦士を作るための講座?これが私の直感でした。

 実はこの直感は当たっていたのです。全てとは言いませんが、このような企業単位でも参加しているセミナーの基本は、アメリカの軍隊で、<良い>軍人を作り上げるためのシステムだったようなのです。悪い言い方をすると、ある種の洗脳とも言えます。

 次のセミナーの予約を取り消すための電話をすると、しつこく理由を聞かれました。適当なことをこたえて、やる気がなくなったことにしたわけですが、その後、第二セミナーに参加したものから様子を聞くと、やはり、更に気持ちは高揚したが、どういう訳か、人数は十分の一以下(そりゃ、高いからね)。終わって更に次のステージがあるというのだが、考えている最中と言うことでした。もしも、更にいくつものセミナーがあるのだったら、それに出続けて、先に言ったように、そのスタッフにまで上り詰めたら結構幸せになるかも知れないとは思いました。

 そう言うわけで、私が感じたことを一言で言うと、このセミナーは



     開放的なある種のタイプの人間作り



というものでした。開放的な感じの人間にはなれるが、自分の解放ではないように思えました(この辺は表現が微妙なのでよく考えてくださいね)。

 そのころ、私は、精神分析にもある種の危険性を感じていました。何か別のことを言っているように聞こえるかも知れませんが、次回は精神分析に関することを踏まえながら、自己啓発について続けていきます。

 

第25話  自己啓発セミナーの次は・・・   岩井笙韻

前に、精神分析に疑問があると言うことを書きました。どういう事がちょっと言っておく必要がありますね。

 心を病んだ患者というのは、端的に言うと、うまく社会、環境に適応できない人のことです。しかし、環境の方に無理がある場合には、これは患者のせいではないことになります。今の社会を見るときに、環境や企業のあり方が悪いのか、それともそこに適応できない個人が悪いのかは、なかなか判断できないのではないでしょうか。 

 私の友人に、ある時突然、意味不明に暴れ出した者がいました。かなり神経がいらだっているようでした。警官四人に取り押さえられて入院。薬漬けになって、とりあえず落ち着いたというので、心理治療を受けたようです。しかし、これも又私の友人の精神科医ですが、彼が言うには、


「今は心配ないんだよ。良い薬があるからね。多少ボーッとするけど、大抵はおとなしくなるよ。」


とのことでした。何となく恐ろしい感じがしませんか?

 ジャック・ニコルソンの映画で『カッコウの巣の上で』と言う映画がありました。正常なものも薬漬けにより次第に患者化されていくという、恐ろしい映画でしたが、そんなことを思い出しました。

 例えばですよ。自己啓発セミナーと銘打って、参加者の気分を高揚させておいて、実はそれとなく特定の企業の良い歯車に仕立てていく、なんて言うこともないではないでしょう?

 後で解ったことでは、多くの自己啓発セミナーが、アメリカの軍事用カリキュラムから出来ているとのことでした(このあたりのことは苫米地英人氏の著作に詳しい。)参加者を今や夢と化した、アメリカンドリームに誘っているかのようです。実際、私が受けた印象でも、そのまま続けるにはかなりの無理があるように思えました。

 よく、天才と強靱は紙一重、と言いますが、ちょっとした精神疾患というのは、その個人感受性の裏返しであると言うことも多いのです。その感受性を薬漬けで奪ってしまえば、なるほど世間には戻れるかも知れませんが、その個人の良い部分も眠らされてしまいます。

 そこで私が考えたのは、画一的なセミナーは危ない要素があるから、別の方法が良いだろうと言うことで、次の二点に注目しました。


1 システム手帳による自己管理(なんだそんなことと思われるかも知れませんが、25年前ですよ!まだそのころはそのようなツールは一般にはありませんでした)

2 α波発生装置による能力開発(これも当時としてはすごい!)


ではまず、システム手帳から行きます。

 

第26話  システム手帳第26話 システム手帳   岩井笙韻

システム手帳と言えば、今では知らない者はいないほど。年ごとに中身を入れ替えて、さまざまなアイテムもあり、外は総革張り。ブランド物には数十万円なんて物もある。持っているだけで、その人がいかにも仕事が出来るような感じがする(大抵は出来ないが)。

 しかし、今から三十年ほど前にはまだシステム手帳は日本に入ってきてはいませんでした。実はその前から、日本でももっと小さなシステム手帳があって、未だに丸善あたりでは売っています。名前を忘れました。でも誰でも知っているようなメーカーの物です。 私は中学生の頃にそれを買って持っていたので、友人がまだそれを使っているのを見て懐かしくなりました。

 さて、セミナーの時に、その司会者がシステム手帳を使っていました。もうぼろぼろだったので、相当使い込んでいたのでしょう。実は私の手元にも似たような手帳のカタログが来ていました。その名は

タイムマネージャー

バーガンディの革張り、鍵もかかる(この鍵のかかるという点にころっとまいってしまった)。40,000円以上する代物でしたが、珍し物好きな私はすぐに注文してしまいました(最近このメーカーを聞かないがまだあるのかしら)。
  
 脱線しますが、私の手帳好きは小学生の頃からで、買っては一頁くらいしか書かずに眺めているのが好き。ちなみに買った手帳を網羅すると、

タイムマネージャー

タイムシステム

アメリカの物(名前を忘れた)

ノックスブレイン

能率手帳から出ている物(これも忘れた)

PTM(かっこよさでは一番)二冊。

フランクリン・プランナー二冊・・・(もっとあるような気も、そのうち博物館が出来る)




 結論を言うと、実はこの手帳ほとんど役に立たなかったのです。大体、システム手帳というのは、

1.自分の人生の目標を設定する。

2.その目標を達成するために長期的な戦略を立てる。例えば10年単位。

3.その10年を一年ごとに細分化する。

4.次にその一年の目標を達成するには月ごとに何をすればいいかを決める。

5.それを週単位にして、次にその週の目標を達成するために今日何をするかを決める。

と言う方向で、中のアイテムが出来上がっています。

 もっとも、その後で始まったシルテ夢手帳のブームの中では、そこまで徹底していることは少なく、はじめは、メモを一冊にまとめるという程度の物も少なからずありました。上記のような、落とし込みのシステムに、自分の人生の目標を決めるような工夫を加えた物が最新の手帳で、代表格は、

フランクリン・プランナー

と言うのがあります。システムは良くできています。その関連の本を読むと、この手帳を使いこなしたら間違いなく自分がトップエクゼクティブになれると勘違いします(勿論私は持っています。A5とバイブルサイズ。何でも持っているのです。)。

 ただ問題は、どのようにして自分の人生の目標が分かるのかという点です。そこが決まらないと、手帳は日記同然か、かっこいいメモになってしまいます。

 では『人生の目標』とは何か?


世界一の書家になる?

年収何十億の実業家?

セレブの妻?


たぶん、何年か先に、何かの店を持ちたいというような限定された目的にはこの手帳は役に立ちます。しかし、今言ったような、大きな目的にはどうでしょうか?これには問題があるのです。

 

第27話  システム手帳2 人生の大目的   岩井笙韻

さて大きな目標を掲げてがんばることにどうして問題があるのでしょう。

まず、大目標とは何でしょうか?そうそう、これが分からないから自己啓発セミナーなどに参加しているのですよね。

 このあたりはシステム手帳の第四世代を標榜する『フランクリン・プランナー』はよく考えられていて、自分のやりたくないことを列挙したり、自分の尊敬できる人を枚挙したりして、今の自分にははっきりとは気付いていない自分の目標や適正をまず調べ上げ、それを時間を区切りながら毎日の仕事として落とし込んでいくのです。しかし、例えば次のような目標を考えてみましょう。

私は、謙虚でありながらも自分に妥協することなく、日々反省を繰り返し、二十人展に推挙されるような書道家になる事を目標とする。その為には、家族や友人などと過ごす時間も考え、バランスの良い人生の設計をする。過去の書の歴史を尋ねるほかにもあらゆるジャンルの芸術にも接し、それが作品にまで及ぶように日々勉強を欠かすことないような生き方をする。

 なかなかすごいでしょう。自分の目指すものを、例えばフランクリン・プランナーの指示に従って創って行くと上記のような文章になるのです。
 さて、これを読んで皆さんはどんなことを思いますか?

すごい目標だ、私もこの通りの生き方をしたい、そう思いますか?

何となく尻込みしたくはなりませんか?でも、結果としてこうなれればいいじゃないか。そうかも知れません。しかし心のどこかで、もう少し隙間が欲しいような気がしませんか?

 そうなのです。少しでも何かの分野で創造力が湧いたことを経験した人はそんな思いを持つと思うのです。何かの創造には<隙間>のようなものがいるのです。このシステム手帳の思想は、豊かさを得るために、効率を最優先させるのですが、実は<効率>からはアイデアは出てこないのです。

だからこの思想はやはり軍隊なのです。

 昭和三十年代あたりの二十人展はすごい書家の集まりでした。しかし、その書家達が何か効率を良くして、人生の無駄を省くことによってその立場を達成したとは思えない人たちばかりです!性格の癖、人生の幅、無駄使い、どれをとっても超一流のようでした。

 私たちは心のどこかで、本当の豊かさは効率性からは(あるいは言い換えれば行き過ぎた合理性からは出て来ないことを知っているのだと思います。

 と言うわけで私のシステム手帳はお蔵入りです。でも約束したように、もう一つの自己啓発のやり方を話しておきましょうね。もう皆さん解ると思いますが、この『書のプロムナード』も、続き物でなく、訳の分からない話しているときが一番面白いのです。しかし、筋道を追って話す必要が出てくるので、自分でも仕方なく連載のようにしてしまうのです。そして大して面白いことが書けなくなる・・・。しかし、とりあえず、機械等を使った能力開発というのも魅力があるでしょう。だからこれについてはやはり続き物として語っておきましょう。

 

第28話  機械仕掛けの自己啓発   岩井笙韻

さて、セミナーもダメ、かと言ってシステム手帳も軍隊っぽい。出も、まだまだ誘惑の声は聞こえてくる。次なるものは、

あなたが人生の目的を挙げて実行しようとしても、その目的はあなたが表の意識で考えたものだから、思うようにいかない。あなたの無意識に潜んでている本当のあなたの目指すものを引き出すことが出来れば、知らない間にあなたは成功のレールの上を走ることになる。

 すっ、すごい誘惑。そうか、私は本当の自分の欲望を知らないんだ。それを表にうまく出してくれば、気が重くなることもないはず。

 では、どうすれば?

これはやはり二十年以上前のことなのですが、そのころ右脳と左脳の区別と言うことが言われていました。今では常識のようになっているように(本当はこの常識は間違っているのだが)、左脳は論理的、言語的、右脳は情動的、直感的。そして、天才の脳波を調べてみると、どうもアイデアが出るときには脳波の中でα波が出ていて(普段生活の中ではβ波が出ていることが多い)、しかも右脳を活用しているという。これを機械を使って(バイオフィードバックというのだが)引き出そうという能力開発です。

 α波を出す訓練と右脳を活性化する訓練は同じものではないのですが、私がまず試みたのは、α波を発声する訓練でした。頭に電極を付けて(何だか某教団のヘッドギアを思い出すが)、どのような気持ちでいうるときがα波が出るかを理解し、いつでもα波を出せるようにしていく。大体リラックスしてくるとα波は出てくるものですが、その状態で心に浮かぶ物の中から自分の本来の目標を探し出したり、あるいは、これと思う目標の達成状態を思い浮かべインプットする。

 一方、右脳開発の方は、パソコンなどを利用して、イメージトレーニングを行う。例えば残像能力を鍛えたり、色のイメージ力を強めたりする。

 これがうまく行くと、自分は何でも叶えられる能力がつくような感じがする。それで実際どうなったかと「うと・・・。

 

第29話  機械仕掛けの自己啓発2   岩井笙韻

まずα波の方。機会を見ながら、どんな気持ちの時にα波が出るのかを訓練する。

電極を頭に着け、電気椅子に座るときはこんな感じかなどと思いながら、機械のスイッチオン。α波が出ると、赤いLEDが光る。その強さで十段階くらいのLEDがある。緊張すると、一つも光らない。つまりこの状態がβ波の状態らしい。しかし、こういうのは得意中の得意。すぐに、五段階くらいのLEDが光り出す。途中で雑念が枠ととたんに光は消える。そんなときは焦らずに、余計にリラックスすることが肝心。

 このようにして、心の静寂を得ました!しかし、眠いときにもα波が出ているぞ。これが創造的な心のあり方か?

 自己催眠はこのような状態をあらかじめ用意しておいて入るのかも知れない。しかし、これまでの経験で、創造的でアイデアの豊かなときは果たしてこんな感じだったかな?どこか違うような気がする。

 これは、右脳開発の時にも言えること。パソコンを使いながら、様々なイメージトレーニングをするのだが、たまにあった創造的な瞬間とは何か違うような気がする。何が違うのか?

 結論を先に言うと、どうもこの予感が正しかったように思います。というのは、自分が作品制作や、論文の作成時に窮地の追い込まれ、起死回生のアイデアが浮かんが時はもっと、頭がスピードアップしていたように思うのです。そして、これも後から知ったのですが、実は、創造的なときはα波が出ているが、α波が出ているときが必ずしも創造的ではないと言うこと。
逆は必ずしも真ならず。しかもそれに加えて、同時に論理的なの応力も上がっていたようなので、左脳も同時に働いているように思われるのです。恐らく、本当に脳が創造的な働きをするときは、α波とβ波(あるいはその他の脳波も)が代わる代わる瞬時に切り替わるように出ているものなのです。又、右脳左脳もその脳梁というつなぎ目を行ったり来たりして、超スピードで情報を理解していると思います。

 もしかしたら、このような人工的な学習法では、様々な環境にマッチするような臨機応変な対処が出来るようにはならないのかも知れない、そのように思いました。中にはこれらのやり方で効果のあった人もいるでしょう。

小さな目標を達成するなら良いと思いますよ。しかし、自分の人生の大目標となると・・・。

 あるいは・・・。

人生の大目標を知ろうとすることが間違いなのかも知れない。大きな目標を掲げて、それに向かって邁進する。そこにある不穏な要素は排除していく・・・。このようなやり方が合理的なものの考えだとしたら、人生というのはそのように出来ていないのかも知れません。もっと正確に言えば、深く豊かな人生とはこのような合理性だけからはえられないものなのかも知れません。

 これでも随分はしょって書いてきました。もっと効きたい人は直接私の方にどうぞ。

 実は、それでもまだ誘惑はあるのです。もう自分でも書くのが厭きてきたから、別の話題に入りますが、又近いうちに、能力開発の極めつけ、と言うものを紹介します。又、役に立つものも実際にあるのでそれも紹介しますね。名前だけ挙げておくと、

自己啓発の新たな挑戦として、天才的な人物を一人

苫米地英人(洗脳関係の本から読むといい。だが私から見ると大きな一点で間違いがある)


本の好きな人には

いくつかの速読(実務的にはフォトリーディングがいいかも)


ノートの取り方、情報のまとめ方としては

マインドマップ(トニープザンのもの)


これだけ書くと一冊の本になるから、関連書籍を読んでください。どこに問題があるのかはいずれ又。